ブランディングイメージ

アトピーだった私がいつもいた場所

背中を見せて隠れる男性

アトピー症状期間中の
約25年間、秋は辛い
季節でした。

(どの季節もしんどかったですが)

秋に良い思い出なんかありません。

他の人には感じられない、
しのびよるような
乾燥した空気が嫌でした。

夏の疲れが残っているのに、

さらに、

これからの冬の辛さを思うと、
憂鬱になる季節、それが秋でした。

そんな私が
逃げ込んでいた
場所があります。

それが大学構内の
アンモニア臭が
こんこんと
たちこめるトイレでした。

当時の私は漢方薬を
飲みながら、顔には、

ワセリンや、
ある抗炎症剤のクリーム
などを塗っていました。

しかし、

これがとても辛いのです。

塗ると顔がベタベタするから。

顔に膜がはられているようで、
肌呼吸ができない。

息苦しい皮膚感覚に、
生きた心地がしません
でした。

だから、

慌ててトイレに行って、
顔を洗うのです。

せっかく時間をかけて、
塗ったのに、洗い落とすのですね。

でも、

これが、とても気持ちいい。

そして、

鏡に映る自分の
顔が白いのです。

これが、嬉しかった。

でも、

みるみると顔が
赤くなっていく......。

顔がどんどん
乾燥してくる。

肌が紙のように
パサパサして、
顔の真ん中に
きゅうーと
すべての肌が
集まってくる
感じになる。

これは経験者しか
わからないでしょうね。

「あ、このままではダメだ」

と、
すぐに何かを
塗りたくるのです。

トイレの洗面台の前でね。

そしたら、

こんどは肌が
息苦しい。

呼吸ができない。

だから、

また顔を洗う。

洗うことで
皮脂がすっかり
なくなり、

どんどん
乾燥していく。

ああ、痒い。

もう、トイレから
出ることができない。

そんな、にっちもさっちも
いかない私は、心の中では
大泣きでした。

そして、

秋が過ぎて冬になれば、

暖房の入った室内なんて
恐ろしくて、怖くて。

だから、ひんやりした
トイレに引きこもって
いました。

そして、正月が来て、
春が来れば、
また春特有のしんどさに
くたくたになる。

そんなことを
くり返しているうちに、

気づけば30歳を過ぎていました。

人生って、短いです。

時間って限りがあります。

20歳代でできることが
だんだんできなくなります。

体力もなくなりますから。

しかし、当時の私は
人生が短いとか、
限りある時間とか、
わからないというか、

自覚がないというか、

ただただ、

毎週1回、
漢方薬と薬のチューブが
びっしり入った絵の具ケース
のような箱を3つ。

これらを病院でもらっては、
それを全部、使い切って、
次の週も電車に乗って、
病院に行く.......。

つまり、

同じことをずっと
惰性的にやっていました。

それも、

「あんたのアトピーは慢性病や」

と、身もふたもない言葉を
医師にいわれながら。

「同じことを繰り返しても、

同じ結果しかでない」

そう、あの当時のじぶんに
伝えたいです。

しかし、
それは無理ですよね。

もう、あの時のじぶんは
帰ってきませんから。

くれぐれも、
あなたは、私と同じ轍を
踏まないでくださいね。

人生は1回きりです、よ。

でも、

当時の私はまさに、
辛さを耐えるしかなく、
やりすごすことだけで、
精いっぱい。

なにもかわりばえのない
毎日でしたね。

ただただ、
自分の中で辛苦を
噛み殺すことばかり
でした。

でも、

そんなことでは、
よけいに、

孤独を深めるだけで、
なんの解決の糸口も
掴めないなんて、

当時、アトピーだった
私は気づけませんでした。

トイレに逃げ込んでいた私は

孤独に癒しを求めていたのです。

それは25年も続きました。アトピーのままで。

アトピー解放心理セラピスト
ワタナベ勲

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