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アトピーで死にたいと思っている人が読むページ

何をやってもアトピーが治らずやるせなく死ぬほどの辛さにさいなまれているあなたへ。

あなたはアトピーを治すために生れてきたのではない

私がアトピーで死にたいくらい苦しかった頃の姿です。14歳から36歳までこんな状況でした。

アトピーの時の写真

今ではこんなに綺麗になっています。6年以上もアトピーが出ない状況です。厳しい食事制限もしていません。薬も塗っていません。何もしていません。

アトピーが治った後の姿

私は14歳の時。アトピーが顔に発症しました。思春期ですから女子からアトピーの顔を見られるのが辛かった。

ついにクラスの女子から「気持ち悪い」「うつさないでほしい」と言われた。親が家にいない間に自殺しようと計画を練ったほどでした。

それから20年以上、顔を中心にアトピーが出てました。女性からも嫌われ、気持ち悪く思われ、いつも避けられてきました。

どの季節もしんどかった。体に熱がこもっている。なのに汗がかけない。息苦しい。

でも薬をべったり塗らないといけない。余計に息苦しい。顔に熱がこもる。

その違和感を払拭したくってトイレで顔を洗う。洗った時だけ顔が白くなる。

でも水気の蒸発と共に今度は恐怖の乾燥が始まる。急いでワセリンのようなクリームをべったり塗る。

今度はかゆみが起きる。かゆみがおさまらない。掻くのを我慢する。

でもつい手がいってしまう。でも人目を気にして掻けない。自分の意識はずっと痒みと皮膚のヒリヒリと他人の目に張りついている。どこにも自分なんかない。いやそんな事にも気づけなかった。

頭皮の乾燥は死にたいくらいつらい。頭皮だけはスキンケアできない。頭皮にべっとり接着剤を塗った感じの違和感がずっとある。

春は排毒の季節。ただせさえ皮膚に出やすい。今でもそうだが桜を見ても華やかな気分になれない。春の辛い記憶が固定化されて桜を見ても鬱積しか感じられない。

夏は汗をかいて痒くなる。みんなが旅行に誘う。でも、いろいろ考えて一緒に行きたくなくなる。いつも皮膚の「世話」をしないといけないから憂鬱になる。だから心底、みんなと一緒に楽しむ事なんかできない。だんだん自分は特別な人間で他の誰かと相容れない人間だとボクは、他人には言えない家庭環境もあいまって自分をそう信じてきた。

秋からはつらい乾燥の季節がはじまる。皮膚は赤黒く「おまえ酒飲んでるのか?」って言われる事たびたび、自分は人並みの幸せ楽しいことはできなんだって、ずっと思ってきた。我慢してきた。我慢が当たり前、人に何かお願いするとか、甘えるなんて「わがままだって思っていた。」

ボクの親は仲が悪く、毎日、夫婦喧嘩ばかりしていた。大晦日とか正月とか関係ない。だから未だに正月が嫌いなボクだけど狭いアパートで兄弟のいないボクは逃げる場所もなくてずっと雷雨を避けるかのように息をひそめて生きてきた。

だから幼い時から、父と母とボクがバラバラに暮らした方が上手くいくはずだって信じてきた。

夫婦喧嘩が始まる度に「お父さんにかかっていきなさい!」と母はボクに言う。鬼の形相で小学生のボクに母は「指示」した。ボクにすれば父も母も親であり、母に加担して父を攻撃する事なんてできない。

父は読み書きそろばんができない人だった。彼が小学生のとき病気のため学校に行けないので勉強できなかったからだ。母は小学生のボクに勉強を父に教えるように言った。だから中学生の頃までボクは父に勉強を教えた。

でも、まったく覚えの悪い父は教えても覚えてくれずボクは悔しくて泣いた。泣いても家族の誰もボクをかまってくれなかった。

遊びに行くのも行かず父に勉強を教えた(そんなボクが将来、3年ほど私立高校の講師として教壇に立ったのは興味深い)。

遊びに連れていってくれるとき、必ず夫婦喧嘩が始まる。あるときプールに行くとき、喧嘩が始まり、父はボクの水泳パンツをはさみで切った。切った後、夫婦は笑いながら、パンツを見て「目立たないようにはさみで切った」って言い合う。いまでもはっきり覚えている。

そんな字も書けない読めない父だから、自分の母の葬式も、小さな相続も、ボクが全部やった。母は愚痴を言い嘆くだけでなにもしない。

まったく楽しみがなかった。ボクはじぶんの幸せを追及することはなかった。そんなのワガママと思っていた。自分よりも他人(親)のために役に立つのが当たり前になっていた。私は大学の夜学に通った。昼は働いていたから大学生の頃から母に「家にお金を入れてほしい」と言われ、それに従った。

自分の幸せについて心を傾けることなんてしなかった。そんな発想、微塵もなかった。持てなかった。そのようなあきらめの人生観は「アトピーが悪化し常態化することにより」強固になった。

ボクは生き辛さの中で感覚を麻痺させることで、なんとか「しのいできた。」ボクは生きていたけど実際は死んでいたのかも知れない。

ずいぶん歳を取ってから、ボクはようやく腰を上げた、ひとり暮らしをしようと決めたのだ。息子の引越しを見て母は気が狂った。「父が嫌いだからか?それとも私が嫌いだから出て行くのか?」と母は激怒した。

予想通りの反応だった。思えば今まで家族(といっても両親と私だけだったけど)互いの反応といえば激怒と激昂しかなかったこの家に身を置くボクは家庭、家族に良いイメージを持ってなかった。だから結婚も考えてこなかった。

でもそれは単なる幻想、概念なんだ。ボクが、もちろんあなたが「自分をどう思っているかも単なる幻想であって実体は微塵もない。」
いいですか?あなたは「アトピーを治すために生まれてきたんじゃない。」

アトピーを治す事を人生の目的にしてはいけない。

アトピーは治ります。厳しい食事制限やらステロイド、漢方薬・・・全部、いらない。アトピーは治そうと思えば思うほど「治らない」からだ。

理屈じゃないんだ。理屈でアトピーは治らない。アトピーは治そうと思えば思うほど治らない。その泥沼にはまってしまったのが今のあなたかも知れない。

あなたからすれば生き辛さの根源はアトピーだとアトピー治しに頑張ってきたと思う。しかし生き辛さの根源はアトピーではないのです。だからいつまでも苦しさは消えなかったのです。

今まで頑張ってきたね。あなたにしか出来ない誰にもマネできない体験をしてきたね。あなたのアトピーをとやかく言っていたヤツがいたら俺がそいつの家に行って殴り倒してやるよ。
どうせそんなヤツ顔にアトピーが出た途端にキャンキャン泣き出すくらい弱い犬に決まっている。

まずはアトピーへの誤解を解こうか。それから死ぬかどうか決めてもいい。死ぬくらいなら考えるべきだ。思考するべきだ。

ボクたちはアトピーについて何も教えてもらってこなかった。だから今一度、アトピーについて知ることが必要だ。焦らず冷静になって。
知れば自覚できるので悩みが消えてしまうんだよ。

あれ?今まで、ずっとこのページを読んでくれていたんだね。ありがとう。感謝です。

もうそろそろ自由になっていいよ。

もうそろそろ幸せになってもいいよ。もうそろそろ我慢しなくていいよ。。。

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